里山に学び,調和をデザインする

依頼されて書いたある原稿の内容が,現時点での研究室の考え方として整理されていると思いましたので,以下に転載します.自分自身のマニフェストとしての意味合いが強いですが,研究室選びの参考などにもなるかと思います.

(1) これまでの経歴について

1999年,早稲田大学理工学部建築学科に入学しました.2009年に同大学大学院理工学研究科建築工学専攻博士後期課程を修了し,博士(建築学)の学位を受けました.学生時代は,建築計画におけるICT・IoT(情報通信技術)の利活用に関する研究を中心に,人間工学や環境心理,防災といった幅広い分野の研究テーマに携わりました.早稲田大学での助手,東京理科大学での助教という職を経て,2015年4月より現職に着任しました.

東日本大震災をきっかけに都市に暮らすことに疑問を持ち,2019年には千葉外房の里山に移住しました.これからの日本人はどう暮らすべきかを考えながら,その時々で気がついたことをSNS上の「諧○亭日記」で不定期に連載しています.

(2) 紹介したい研究やプロジェクト、作品などの概要

2019年に竣工した自邸「諧○亭」のプロジェクトです.このプロジェクトは,客観的には一軒の家づくりでしかありませんが,これは当時,私たちが考えた「これからの日本人の暮らし」とはどうあるべきか,その器としての住居はどのようでなければならないか,自然環境との関わりはどうあるのが望ましいのか,ということを考え抜いた先にたどり着いたひとつの答えでもあります.水田と山林に囲まれた里山を敷地とすること,平屋でありながら高床であること,施工精度が高く作られた構造躯体と住み手自身が施工した居室とが混在すること,などを空間が持つカタ,つまりモデルとして設定し,そこに方位や地形,材料やコストなどの現実的な要素を当てはめて具体的な住居としてカタチにしました.建物自体のカタチの奇抜さに対してではなく,そこで暮らすこと自体の面白さや多様性,可変性,柔軟性,永続性といったことに重点を置いて計画しました.

(3) その研究やプロジェクト,作品などに関する問題意識,また,どんな点に魅力や面白さ,将来性,社会性などを感じているか

東日本大震災の際に私自身が帰宅困難者となり,その後の計画停電や生活必需品の不足といった状況に置かれたことで,都市環境がもつ危うさやもろさに気づかされたことがきっかけです.ですがそもそも,都市か農村かという住む場所の問題以前に,私たちはどのように生活や暮らしを選び取るべきかということ自体に考えを向けることがないまま社会人になってしまいがちです.いわば常識とか社会通念のようなものによって目隠しをされたまま,問題を問題と気づかないまま暮らしていること自体が大きな問題だと思います.3.11での経験は,私の価値観を大きく転換させるきっかけとなり,「諧○亭」のプロジェクトはそこで得た問題意識に対するひとつの答えだったわけです.

それと同時に,自然の中で暮らすということの価値や意義を再認識するきっかけにもなりました.もちろん都市の中にも緑地や公園などがあり,自然物にふれあえる環境が整備されてもいますが,そういったレベルでの話ではなく,私たち自身の生活が自然環境ともっと深い関わりをもち,それがなければ成り立たないというようなレベルで関係性を持つには,都市や住まいはどのようでなければならないかと考えるようになりました.「諧○亭」という住まいとそこでの暮らし方は,自然に対して近づくために一歩踏み込みながらも,暮らしの中に自然を持ち込むために一歩引くところがあることで,住み手である私たちに対して新しくも強い自然との関係をもたらしたと思います.その上で,人間にとって自然環境はなぜ必要なのかという,より本質的な問いについても考えるようにもなりました.いまは脳科学の観点からその問いについてアプローチしようと考えており,実際に自然物に触れた際の脳活動を計測する実験を行いながら,その理由を探っているところです.

(4) 学科で学ぶ魅力や楽しさは、どのような点にあるか.学生にはどのようなことを学んでいってほしいか

社会課題を解決するためには多様な視点や技術が必要となります.それ以外にも,資料や書籍などの文献を調査したり,数学的な統計処理をしたり,その結果わかったことをプレゼンテーションによって説明したりする必要があります.歴史的な経緯や社会背景といった知識も,それらの基礎となります.もちろん,さまざまな手段によって具体的なカタチを作ることも求められます.このように,デザインとは総合技術がもとめられる学問領域です.全てを網羅することはなかなか難しことですが,大学の4年間だけではなく,その後の大学院での時間や実社会に出た後の時間も常に勉強と研鑽の日々であると思います.ですから,今すぐ役に立つ知識や技術だけを追い求めるのではなく,時間をかけて長い目で自分自身の成長を考えることが大切だと思います.逆に言えば,今すぐできなくても,将来的にはできるようになろうとする意思があれば大丈夫だと言えます.

創生デザイン学科では,他の学科に比べて内容の幅が広いカリキュラムが用意されています.自分自身の興味や関心に沿ってどこかに専門性の軸足を置きながら,その上でほかの領域にも手を伸ばしながら,イノベーションをエンジニアリングできる総合力を身につけていって欲しいと思っています.

(5) 研究室のPRポイントと,どんな人(高校生)に入ってきてもらいたいか

デザインとは,単に姿形を小綺麗にするためだけの方法ではなく,社会課題を解決するための取り組みを意味する言葉です.その意味ではあらゆる活動がデザインだと言えますが,そうなると何を目標にデザインするかということが問題になります.私たちはそこに,人間と自然とのよりよい関係を築くことという目標を設定しています.

大学のある千葉県は,都市に近いながらも,海や山,森や川など多様で豊かな自然に恵まれています.そういった自然環境がもつ良さに高校生ではなかなか気づけないかも知れませんが,私たちの研究室では,田植えや稲刈り,トレッキングや山林整備などの体験を通じて,まずは私たちを取り巻く自然環境に興味や問題意識を持ってもらうための取り組みから始めます.その上で,学生たち自身が手に入れたそれぞれの視点から,自然環境がもつ価値の根拠を科学的に解き明かし,ものづくりを通じて工学的に再現しながら,社会全体の価値を高めるための方法を考えていこうと思っています.

身近なところに目を向けて,気づいたことを手がかりにしながら身近な社会を変えてゆくことにも意義があります.国際的なフィールドばかりが世界の最先端なのではなく,私たちのすぐ目の前にあるフィールドも社会の最先端であることに違いはありません.そのような取り組みに興味がある人はぜひ一緒に勉強して,この千葉から社会を変えていきましょう.

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