〈調和〉をデザインする
遠田研究室が考えていることを一言でいうと,この言葉で言い表せると思います.もう少しわかりやすい感じで言い換えると,
〈調和〉によって課題解決をめざす
ことといえるでしょうか.「デザイン」が課題解決のことを意味するのだとすると,解決のための方法を〈調和〉という観点から考えて選択しようということです.それでもピンとこなければ,もっと平たく言って
人間にとって〈調和〉のある生活とはどのようなものか
を考えることだと思います.スタート地点はここからです.
では〈調和〉とは何でしょうか?これについては,実は私たちも本当のところはまだよくわかっていません.わかるための活動をしていこうと心に決めたところです.
でもそれではさすがに何もなさ過ぎに見えてしまうので,今のところでわかっていることをいくつか紹介します.これらはまだ仮説の段階ですので,これが絶対正しいとか,そういうことではなく,あくまで予感といった程度のものです.
まず,ひとが〈調和〉を感じるとき,あるいはひとと〈調和〉がとれた環境というものには,何か共通点があるはずです.その共通点が果たして何なのかということが問題なのですが,私たちはそれを
自然界にある法則との一体性
にあるのではないかと考えています.なぜならひとも所詮,自然界の一部でしかないからです.文化や文明を進歩させ,本来の自然ではあり得ないような状況を生み出してきた中で私たちはいま生活していますが,その中にあるさまざまなズレが,この一体性を損なう原因になっているのではないかと考えています.
では自然との一体性を得るためにはどうすればいいのでしょうか?これについては,まだ本当に研究段階で,むしろ勉強段階といってもいいかもしれません.いくつかキーワードがあるとすれば,
フィボナッチ数列,黄金比,自己相似,フラクタル性,ベキ指数
といったものに関係がありそうだと考えています.
フィボナッチ数列とは,1,1,2,3,5,8,13,21・・・と無限に続く数列で,前ふたつの数の和が次の数になるというものです.そして前後ふたつの数の比は,黄金比である1.618に収束する等比数列です.フィボナッチ数列,あるいは黄金比は自然界の中のさまざまな比例関係の中によく見られることが知られています.
ロマネスコやブロッコリー,あるいはシダの葉や木々の枝振りなどに見られるような,あるものの一部分が全体の相似形になっているような状態をフラクタル性があるといいます.これもまた自然界の中でよく見られる法則で,私たちの指先の毛細血管の広がり方は,大河が数多くの支流を集める様子と似ています.
これら自然現象によくみられる法則というものは,おそらく私たち自身の生活や暮らし方にもきっと影響しているはずです.それらとの一体性がよくとれているときとそうでないときとで,私たち自身のさまざまな反応が違うのではないかと考えられます.仮に一体性がよくとれているときのことを〈調和〉があるといえるのだとしたら,法則からのズレとひとの反応との関係から,〈調和〉の程度を測ることができるのではないかと考えています.
このような関係が明らかになったとき,はじめて〈調和〉をデザインすることができるようになると考えています.
研究としては客観的であるために数学的な方法に頼らなければならない場面ももちろんありますが,もっとシンプルで簡単に〈調和〉が得られる方法もあるではないかとも考えています.その方法を代表する言葉が
一石n鳥,天地人馬一体
です.ひとつのことが何かひとつやふたつのことと関連しているだけではなく,三つとか四つのことと関連付いていることで互いに意味の重層化が起こり,関係性を強化するだけでなく,全体として無駄がなく,より豊かなものになるのではないかと思います.
このような視点で生活を取り巻く様々なことを見直していくことが,新しいデザインの手法となるだけでなく,結果的に新しい生活の風景をかたちづくり,そこでの新しい生活が生まれるのではないかと考えています.
冒頭に掲載した写真は,「〈調和〉のデザイン」における空間的な解決策として,私たちが考えた住宅のありかたのモデルとしての「諧○亭」です(空間計画の講義でおなじみです).これ自体が「一石n鳥」と「天地人馬一体」を具現化したものであるといえます.
私たちが考えてゆきたいのは,単なるカタチとしての住宅ではなく,人間自身のあり方そのものといえるのではないでしょうか.